ボートレース界の名選手・魚谷智之、49歳で電撃引退「トップを狙えなくなった」

ボートレース界の名選手・魚谷智之、49歳で電撃引退「トップを狙えなくなった」 SG3冠、通算88度の優勝という輝かしい成績を誇るボートレーサー・魚谷智之(49=兵庫)が、2024年12月16日、地元尼崎競艇場での一般戦を […]

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ボートレース界の名選手・魚谷智之、49歳で電撃引退「トップを狙えなくなった」

SG3冠、通算88度の優勝という輝かしい成績を誇るボートレーサー・魚谷智之(49=兵庫)が、
2024年12月16日、地元尼崎競艇場での一般戦を最後に引退した。

29年7カ月にわたる現役生活に、自らの意志で幕を下ろした魚谷は、
「トップを狙えなくなった。お客さんに失礼だと思った」と引退の理由を語った。

 生涯獲得賞金は16億2416万6847円だった。

トップレーサーとして駆け抜けた29年7カ月

魚谷智之は1975年11月2日、兵庫県に生まれる。

1995年、76期生としてデビューし、同期には瓜生正義や原田幸哉といった名選手が並ぶ。

瓜生正義
原田幸哉

163cm、51kgの小柄な体格ながらも、持ち前の高い技術と鋭いレース感覚で頭角を現した。

2004年、近畿地区選手権でGI初優勝を果たすも、フライングで一時低迷。

しかし、その苦難を乗り越え、2006年にはSG初優勝を成し遂げる。

この福岡での全日本選手権では、3コースから全速のまくり差しで優勝し、
兵庫支部に46年ぶりのSGタイトルをもたらした。

さらに翌2007年はまさに魚谷の年であった。

桐生オーシャンカップと蒲郡モーターボート記念でSG連続優勝を達成し、
史上11人目の偉業として「新・艇王」と称された。

同年には年間MVPや日刊スポーツ制定三賞の殊勲賞も獲得し、ボートレース界の中心に君臨した。

地元・尼崎での強さと「ミスターセンタープール」の称号

魚谷智之が愛された理由の一つに、地元・尼崎競艇場での圧倒的な強さが挙げられる。

通算88度の優勝のうち、実に31度が尼崎でのものだ。

「夏男」としての異名も持ち、地元お盆戦「オール兵庫王座決定戦」では3連覇を2度含む9度の優勝を果たした。

兵庫支部の大看板として重責も果たし、2019年から3年間は兵庫支部長も務めた。

レース外でも後進の育成に力を注ぎ、弟子には松下直也や来田衣織といった選手がいる。

「トップを狙えなくなった」――電撃引退の理由

49歳での引退に対し、ファンや関係者からは惜しむ声が相次いだ。

しかし魚谷の決断は明確だった。

「49歳で辞めると決めていた。伸ばすと続けてしまいそうだから。クオリティーが落ちてきたのは認めざるを得ない。トップを狙えなくなったら、それはファンに対して失礼だと思った」

この言葉に、レースに向き合う彼の真摯な姿勢が垣間見える。

16日の尼崎最終日11R、1枠からのラストレースでは見事1着を飾り、笑顔で引退を迎えた。

「最後のレースがすごく嬉しかった。めっちゃ緊張したけどね」と魚谷は安堵の表情で振り返った。

12月16日 11Rの映像 5:40:00~

ファンへの感謝とラストメッセージ

魚谷は引退に際し、ファンへ向けてラストメッセージを残した。

「日本で一番“上品”な尼崎のファンに、怒号や罵声も熱い声援だと思って走ってきた。本当にありがとうございました」

ファンからの愛称「魚ちゃん」「魚屋さん」として親しまれた彼の言葉には、
感謝の気持ちが込められている。

魚谷智之のレガシー

29年間で積み上げた通算成績は、
6980走で1着2081回、SG3回、GI11回を含む優勝88回という圧巻の数字だ

特にスタートタイミング0.15という鋭いスタート力と、
1号艇時の連対率91.2%という安定感は、まさにトップレーサーとしての証であった。

魚谷の引退により、ボートレース界は一つの時代を終えた。

しかし、その姿勢や功績は後進レーサーたちに受け継がれ、ファンの心にも深く刻まれ続けるだろう。

「ありがとう、魚屋さん」――ミスターセンタープール・魚谷智之。長年の活躍に心からの感謝と敬意を込めて。

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