沖縄出身のボートレーサー・上原崚選手の軌跡と挑戦 ~ 目指すは「ボートレース甲子園」優勝 ~

沖縄出身、東京支部のボートレーサー・上原崚とは 沖縄県那覇市出身で東京支部に所属するボートレーサー・上原崚選手。 彼は、沖縄の興南高校を卒業後に中部大学へ進学し、125期生としてボートレーサー養成所に入所しました。 上原 […]

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目次

沖縄出身、東京支部のボートレーサー・上原崚とは

上原崚

沖縄県那覇市出身で東京支部に所属するボートレーサー・上原崚選手。

彼は、沖縄の興南高校を卒業後に中部大学へ進学し、125期生としてボートレーサー養成所に入所しました。

上原選手は、23歳というやや遅めの年齢で競艇の道を志しましたが、その挑戦の背景には幼少期からの厳しい生活環境と母親への深い感謝の思いがあったといいます。

デビューは2019年11月の平和島で、その後は着実に成績を伸ばし、2023年2月には初優勝を果たしました。

イケメンレーサーとしても注目される上原崚

上原選手は、ファンからも“イケメンレーサー”として人気を集めています。

くっきりとした目鼻立ちや整った顔立ちは、俳優の新田真剣佑やアイドルの高橋恭平にも似ていると言われ、特に若年層のファン層から大きな支持を受けています。

SNS上でも上原選手の写真は話題になり、男性ファンからも「羨ましいほどイケメン」と称されています。

しかし、そんな彼も私生活での恋愛話や噂は全くないということから、現在はボートレース一筋の生活を送っているようです。

野球少年からボートレーサーへの転身

上原選手は、野球の名門校・興南高校の野球部で活躍していた過去があります。

高校在学中に甲子園出場は叶いませんでしたが、3年間の厳しい練習を通じて
「身体的にも精神的にも大きく成長できた」と振り返っています。

大学時代にボートレーサーを目指すきっかけとなったのは、「野球ではプロになれない」と感じたことと、かつて高校時代の先生から勧められたボートレースの存在が大きな転機となりました。

養成所での苦闘とデビュー後の活躍

養成所時代の上原選手は、リーグ戦の勝率が同期で最下位という厳しい成績でした。

「落ちこぼれ」とさえ言われる成績ではありましたが、
デビュー後も自分を信じて地道な努力を続けてきたといいます。

デビュー戦では結果が振るわず、数々のレースで敗北を喫しましたが、2020年8月には連対率が上がり始め、2021年5月に迎えた戸田競艇場での一般戦で待望の初勝利を収めました。

254走目にして勝ち取った初勝利は、彼の長い努力の結晶でした。

初優勝への道のりと母への感謝

2023年2月23日、上原選手は「多摩川ルーキーシリーズ第2戦」で初めて優勝を果たしました。

このレースでは得意のスタートを生かし、見事にまくり差しを決めてトップに立ちました。

優勝を決めた瞬間、恒例の「水神祭」が行われ、彼は祝福される形で冷たい水面に投げ込まれました。

母子家庭で育ち、女手ひとつで支えてくれた母親のために、
上原選手は勝利の喜びを伝え、彼の優勝は母親を涙させるほどの大きな喜びだったと言います。

目標は「ボートレース甲子園」優勝

上原選手の大きな目標は、「ボートレース甲子園」での優勝です。

ボートレース甲子園は、各都道府県の代表が一堂に会する特別な大会で、彼が出場を強く望む夢の舞台です。

高校時代に甲子園を目指して野球に打ち込んでいたものの、その夢は叶いませんでした。

しかし、異なる分野で「甲子園」に相当する大会での勝利を目標に掲げています。

沖縄でボートレースを広めたいという夢

上原選手には、沖縄出身のレーサーとして地元にボートレースの魅力を伝えたいという夢もあります。

現在、沖縄県出身のボートレーサーはわずか11名で、地元でのボートレース人気は未だ低い状況です。

しかし、
「沖縄からSGで優勝するスーパースターが出てくれば、地元のボートレース熱も高まる」
との信念を持ち、彼自身がそのスターとなり、沖縄でのボートレース人気を後押ししたいと考えています。

今後の展望とさらなる挑戦

2023年の賞金獲得額は約1680万円に達し、年々成績を伸ばし続ける上原選手。

彼の夢は、ボートレース甲子園の優勝だけでなく、
ファンからの支持を集めることでSGオールスターへの出場も目指しています。

ボートレースの楽しさと沖縄の存在をボート界に示すべく、これからも挑戦を続けていくことでしょう。

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